高松高等裁判所 平成8年(ネ)175号 判決 1997年1月24日
控訴人
有光徹
同
有光真由美
右訴訟代理人弁護士
山原和生
被控訴人
高知県
右代表者知事
橋本大二郎
右訴訟代理人弁護士
下元敏晴
右指定代理人
土居一己
外四名
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ九六七万〇三五四円及びこれに対する平成四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、第二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人らに対し、それぞれ一〇〇〇万円及びこれに対する平成四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 事案の概要及び証拠関係
本件事案の概要は、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」記載のとおりであり、証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件事故の態様)について
1 証拠(甲三、乙九、一〇、一六、二一、原審証人横田重利、同小林達雄、原審における検証結果)によれば、次の事実を認めることができる。
平成三年五月二六日午後三時頃(本件事故当時)、堰の付近で佐和を含む子供七、八名が水遊びをしていたが、佐和が溺れたことを目撃した子供の知らせにより、子供ら三人が水中眼鏡をかけて本件深みに潜り佐和を助けようとした。しかし、水が濁っていた(泳げば濁る場所である。)うえ水深が深く救出できなかった。近くのビニールハウスで園芸作業をしていた横田重利が子供らの騒ぎを聞きつけ、堰の上から長さ四メートルの棒を使い、佐和が溺れたという本件深みを探って、底付近に沈んでいた佐和を浮かび上がらせ救出した。
佐和が救助された地点は堰から約一ないし二メートルの地点で、その水深は堰の天端から約1.8メートルであった(原審証人小林達雄)。なお、堰の直近の水深は約1.6メートル、堰から上流一五メートルまでの間で一番深かったのは、堰から三メートルの本件深み付近で、約2.3メートルあり、そこから筋状に(みず道状に)深く掘れ込んだ部分続いていた(堰から上流一五メートル地点で深さ約1.6メートルであった。)。
当時、赤野川の水位は堰の天端と同じで高かったが、水流は堰の天端が若干水を被っている程度の流れで比較的緩やかであった(甲三)。
2 右認定事実及び前記前提事実によれば、佐和は当時五歳で泳げず、堰近くの本件深み付近で水遊び中、濁った川の深さが判らなかったのか、あるいは滑ったり転んだりしたのかして、本件深みに入り溺れてその底(一番深い底ではないことは右のとおりである。)付近に沈んでいったと推認するのが相当である。
佐和の溺れた位置を目撃した子供のいう場所で本件事故直後に救出された経緯等の右認定事情から考えると、佐和が他所で溺れて本件深みまで流されてきたとは認められない。
二 争点2について
1 本件深みが本件工事によって生じたものか否か。
前記引用の前提事実及び証拠(甲五、九の1ないし22、二七、二八、乙五の1ないし4、二一、原審証人横田重利、同仙頭克彦、同小松幸雄、同仙頭桂一(二回の一部)、同中山建一(一部)、当審証人大野實、原審における控訴人有光徹本人)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 赤野川は、堰からその上流の大元橋付近(通称坊の淵と呼ばれる深み)に向かってだんだんと深くなっていたが、堰付近が浅瀬であったため、毎年五月から九月にかけて、プールのない赤野地区の子供達の格好の水泳ないし水遊び場となっていた。
平成元年八月頃の集中豪雨によって赤野川が氾濫し、大元橋上流の右岸が決壊したことがあったが、堰付近の浅瀬は、右氾濫の前後を通じ、堰の天端から測って、堰の直近付近で膝位までの深さであり、堰の上流約三メートル付近まで大人の腰位までの深さであって、右岸から左岸にわたってその全体が浅瀬であった。
控訴人らも、佐和が一歳過ぎの夏から毎年堰付近へ水遊びに連れて行っていたが、平成二年の夏も四、五回堰付近に連れて行き、堰付近に本件深みのない浅瀬であったことを確認している。
本件事故当時にあった本件深みは、水が濁っていないかぎり一目瞭然に視認できるものである(乙一〇)。
(二) 平成三年二月、護岸工事を請負った仙頭建設は、水位を下げる必要があったので、堰の直上流部に当たる本件深み付近を深さ約四メートルまで掘削する本件工事を施行し、バーチカルポンプを据え付け排水した。仙頭建設は、護岸工事完了後掘削した土砂を埋め戻したが、本件事故当時、本件工事により掘削した土砂が本件事故現場の右岸側に堆積して残っていた(甲三、乙五の3、当審証人大野實、なお甲一七の4の右岸の状況参照)。そのため、堰の天端から測って、堰の直近で約1.6メートル、堰から三メートルで2.3メートルの本件深みが残った(乙二一)。
しかし、護岸工事の完了検査で、県職員から仙頭建設に対し、右埋め戻しについて何ら指示がなかった(原審証人仙頭桂一(二回)八三項、一三二項)。なお、本件工事開始後、赤野漁業組合から被控訴人の土木事務所の工事担当班長に対し、堰の上流側に魚道及び魚の溜まり場を確保するため掘削して欲しい旨の要請があった(原審証人中山建一の平成六年五月二三日付け調書一五丁裏)。
(三) 本件工事終了直後から、大元橋の上流の住民である大野實らは(控訴人らは下流の住民である。)、本件事故現場を通ることが多かったせいか、本件深みの埋め戻しが不完全で子供の水遊び場として危険である旨話し合っていた。(しかし、行政当局にその旨通報した形跡は窺えない。)
本件事故後の平成三年七月二八日、地元小学校のPTA役員及び保育所保護者会等で、子供らの水遊びの危険を取り除くため本件深みを埋め戻した。
2 被控訴人は、川の河床は洪水があると形が変わる可能性があり、本件工事直前に本件深みがみず道の一部として存在した旨主張し、これに沿う乙一一(赤野川漁業協同組合長の陳述書)、乙一二、二三(仙頭建設代表者の各陳述書)、乙一三(仙頭建設の従業員で本件深み付近を最初に掘削した西野克明の陳述書)、原審証人西野克明、及び同仙頭桂一(一、二回)の各供述等があるが、前掲証拠(特に甲九の2の平成二年七月八日撮影の写真によれば、本件深み付近は子供の膝上までの深さしかないことが明らかである。)及び右各証人は本件工事関係者の供述であること等に照らし、右証拠は採用できない。
また、本件事故現場付近には、平成二年夏の豪雨特に九月の台風一九号(九月一七日から一九日)があったことが認められる(乙三一の1ないし5、三二、三三の各1ないし3)けれども、平成元年の豪雨で赤野川が氾濫したときでも堰の上流約三メートル付近までの浅瀬に変化はなかったのであるから、洪水までに至らぬ平成二年の右豪雨があっても右付近の河床の変化を引き起こすとは考え難いこと、及び本件工事前に本件深みはなかった旨供述する当審証人大野實及び原審証人横田重利の証言に照らし、被控訴人の右主張は採用できない。
以上の認定事実及び検討の結果によれば、本件深みは、本件事故の約二か月前に施行された本件工事の埋め戻しが不完全であったことによって発生したと認めるのが相当である。
3 ところで、河川の管理に瑕疵があるとは、河川が通常有する安全性を欠いていることをいうと解されるところ、本件深みは、知事が仙頭建設に発注した護岸工事に伴う本件工事により現出したものであり、従来堰付近は膝位まで、堰の上流約三メートル付近までは大人の腰位までの深さであったのに、堰の直近で約1.6メートル、堰から三メートルの地点で2.3メートルの本件深みにして、子供の水遊び場として安全な場所に新たな危険を発生させたのであるから、河川管理者である知事は、仙頭建設を指示監督して本件深みの掘削部分を従前の状態に埋め戻すか、本件深み周辺に、転落防止のための柵を設け、あるいは危険告知のための立て札を設けるなどして右危険を回避すべきであったのに、本件深みを放置したうえ何らの措置も取っていないのであるから、河川管理に瑕疵があるといわなければならない。
三 本件争点3(損害)について
1 前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、次の損害を認めることができる。
(一) 治療費 二三万九六八五円
(二) 付添看護費 七万円
近親者の付添費用を一日五〇〇〇円として一四日分
(三) 入院雑費 一万五四〇〇円
一日一一〇〇円として一四日分
(四) 葬儀費用 一〇〇万円
(五) 受傷による慰藉料三〇万円
(六) 死亡による慰藉料
一八〇〇万円
(七) 逸失利益
二四四七万六六八八円
佐和は死亡当時五歳の女子であったから、本件事故のあった平成三年の賃金センサス産業計・企業計・女子労働者の一八歳ないし一九歳の平均給与年収一九三万九九〇〇円を基礎として、これに就労可能年数に対するホフマン計数18.025を乗じ、生活費控除率を三〇パーセントとして算出すると、右金額となる。
(八) 右(一)ないし(七)の合計
四四一〇万一七七三円
2 過失相殺
前記前提事実によれば、佐和は五歳の保育園児で泳ぐこともできなかったから、両親である控訴人らとしては、赤野川の堰付近で水遊びをさせるに際し、保護者の監視のもとで(容易に視認できた本件深みに近づかないように)水遊びをさせるなどして水難事故の発生を未然に回避すべきであったにもかかわらず、漫然と小学生三年生と二年生の姉二人に同伴させて水着姿で水遊びに行かせたので、親権者としての監督義務を怠った過失があると認められる。
ところで、河川は、道路等の人工公物と異なり、もともと自然公物であって、自然の状態において公共の用に供される性質を有し、河川管理の目的は、洪水・高潮等による災害の発生を防止し流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにあり、一般公衆が河川管理の目的に反しない限り自由使用(水泳、水遊び等)ができるが、一般公衆の自由使用に供することを目的とするものではないから、一般公衆の河川の自由使用に伴う危険(河川の自然状態に内在する危険)は、原則としてこれを使用する者の責任において回避すべきものである。
右の基本的考えのもとにおける本件河川の瑕疵の程度及び本件に現われた諸般の事情に照らすと、控訴人らの右監督義務の懈怠は本件事故発生の重大な原因になったものといわざるをえないから、本件賠償額を算定するにあたっては右過失を斟酌することとし、右損害額について六割相当額を減じるのが相当である。
そうすると、右賠償額は一七六四万〇七〇九円となる。
3 弁護士費用
本件事案の難易、訴訟経過、認容額等を考慮して一七〇万円を認める。
4 相続
控訴人らは、佐和の両親であるから佐和の右損害賠償金の二分の一である九六七万〇三五四円(円未満切り捨て)宛相続した。
第四 結論
以上のとおり、控訴人らの被控訴人に対する本訴請求は、国賠法二条一項、三条一項に基づき、それぞれ損害賠償金九六七万〇三五四円及びこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな平成四年四月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却すべきである。
右と一部異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 馬渕勉 裁判官 重吉理美)